「数式と祖父の温もり」

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 私は今、一枚の紙を手にしている。何年も前に書かれた計算図表だ。 長い年月がたったため、用紙は黄ばみ、折り目がついているが、その上に引かれた直線と数字は、黒々と輝き、力強い光を放っている。 まるでこれを書いた人の美しいペンの動きを、思い出させるかのようだ。 私はそれをそっと折りたたみ、この本にはさんだ。 「博士の愛した数式」。この夏、私を大いにゆさぶった本。 日頃の私ならば、手を出さないであろうこの本を、見た瞬間に"読みたい"と感じたのは、その先にあるものにどこかで気づいていたからかもしれない。

 十歳の息子と二人暮らし、家政婦として働く「私」を出迎えた新しい雇い主は、真っ先に数字について尋ねる、少し風変わりな老人だった。 彼は交通事故に遭い、一九七五年で記憶の蓄積が終わっていた。 それから後は、八十分ずつしかもたない。 けれど「私」と息子は数論専門の元大学講師だった彼のことを"博士"と呼んだ。 そして、博士の方は息子にいたわりと愛情を込めて"ルート"と愛称をつけたのだった。 ここから物語が始まる。

 私が見た時に恐ろしく思うような数字の数々は、物語の中で博士と「私」、ルートをつなぐものだった。 ルートと「私」は、博士が数式を前にした時の瞳の輝きや、彼から教わった数の言葉に温かみを感じるようになる。 三人の日々は、明るい静けさと温かさで満ちていた。 ふと気がつくと、私自身、その静けさに心地良さを感じていた。 話の中で博士が言う、「神の手帳にだけ記されている真理」、すなわち数の言葉、数字がそれを作り出していたのだろう。 そしてもちろん、その隣に描かれている博士の存在が、私にも伝わったのだ。 私はその時不思議なことに、そんな感じを以前にも味わったような気がした。 数式が周りにちらばり、とても精神が穏やかで、そして隣に誰かいる、といった雰囲気を。 初めはなぜだか分からず、白分の中に、これととても似かよった空気が呼びおこされることに戸惑いを覚えた。 しかし、読み進むにつれ、はっきりと思うようになった。祖父だ……と。

 私が小学校三年生の時、祖父が癌に冒され亡くなった。 人を明るく照らしてくれるような人で、いつも私を笑顔で迎えてくれた。 そんな祖父は中学校の数学の教師で、私に数学を早く教えたい、といつも言ってくれていた。 亡くなる直前に、お見舞いに行ったときの祖父のその言葉も、しっかりと耳に残っている。 祖父に「算数」でさえ教わった記憶はあまりない。 けれど、一つだけ覚えている。 夏の暑い日で、セミの鳴く声が聞こえる部屋に、私と祖父が座っていた。 机の上の"算数ドリル"を解くためだ。 かけ算や割り算の問題を、図を書いて丁寧に教えてくれた。 祖父も私も真剣な時を過ごしていた。 それはとても温かく、静かだった。 もう覚えていないけれど、物語の「私」と同じように、私も祖父の下で光のともった道を見つけたと思う。 私を導く閃きというものを。

 まだ九歳だった私は祖父の死を信じられなかった。 むしろ、実感が湧かなかったといった方が正しい。 私と一緒に幾度も考える時や楽しむ時を過ごした祖父が、こんな骨になっている。 火葬場で泣きくずれる親族の人々を見ながら、だれより泣きたいと思った私が、現実として受けとめられず、あまり泣けなかった。 私はそれから、祖父の死に泣けないままに大きくなり、数学を解くようになった。

 物語の結末は意外と早くやってきた。 それは私には辛いことだったが。 ルートが十一歳になってすぐに、博十は専門の医療施設へ入った。 八十分ごとの記憶がくるってしまったからだった。 二人は博士が亡くなるまで何年にもわたって訪問した。 最後の訪問はルートが二十二歳となる秋だった。 「私」はそこで、ルートの中学校教員採用試験合格を告げる。 博士は震える手で、数学教師となるルートを抱きしめた。

 読み終わって、物語の結末と、今まで以上の祖父への思いがごちゃごちゃになり、何度も目をぬぐった。  今まで思い出せなかった祖父との思い出を不意に思い出し、やっと泣けた、と思った。 博士とルートと「私」のような時問を、私も祖父ともっと持ちたかった。 でも、祖父のことを考えられるきっかけとなったこの本を、とても大切に思う。

 本に挟んだ計算図表は、祖父が書いたものだ。 私は祖父が書いた数字を探したくて、いてもたってもいられなくなった。 今、数字を書くふしくれだった祖父の手が、力強くなめらかだったことを思い出す。 そしてその手が時に、私の小さな手を包み、とても温かだったことを。 私の目には、数字・数式の向こうに祖父の顔が見える。

 博士がルートに残したように、祖父も大きく、大切なことを私に残そうとしてくれた。 今、それをやっと受けとめられた。 私もいつか、祖父に抱きしめてもらえるような人になりたい。

(『博士の愛した数式』小川洋子著・新潮社)



 第50回 青少年読書感想文兵庫県コンクールで教育委員会賞を頂きました。
 審査評にも少し触れてあるところがありました。

☆ 審 査 評
 始めに今年も力作ぞろいで審査がとても難しかったことをお伝えしたいと思います。 原稿用紙五枚という制限の中でよくこれだけの内容が書けるものだと感心しました。 作者は感想文の構成を考え、表現をつけ加えたり削ったりと、 きっと何度も推散して書き上げたものでしょう。 その努力の重みを十分に感じさせてくれるものばかりでした。
 県知事賞「『坊っちゃん』を読んで」では、・・・(省略)
 県教育委員会賞の「数式と祖父の温もり」ではこの作品を通して作者は自分自身の亡き祖父と再会しています。  作者でなければ書けない味わい深い作品となっています。
 毎日新聞社賞の「心の時計」は・・・(省略)
 兵庫県学校図書館協議会長賞の「『十四歳いらない子』を読んで」では、・・・(省略)
 最後に「読書」はまさにその文字のとおり、作品を「読み」そして考え、感想を「書く」ことによって考えを深めて完結する。 これがまた次の読書の「種」となっていくという知的な楽しみであると言えると思います。
 すばらしい本との出会いに心ときめかせてぺージを開き、時を忘れて読みふける楽しみ。 そして、感想を少しメモして心に残していく。 これも人生を豊かなものにする一つの方法だと恩います。
 (神戸市立多聞東中学校教諭藤井清)




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